パチンコ情報誌『パチンコ必勝ガイド』で30年以上にわたり活躍された人気ライター、モデル・オノさんが2026年10月19日、がんのため逝去されました。
10月21日夜に編集部公式Xにて訃報が発表され、ファンや業界関係者に大きな衝撃と悲しみが広がっています。
生涯現役を貫き、看板連載「白鯨日記」などで多くの読者に愛された同氏の足跡、亡くなる直前まで遺した温かいメッセージ、関係者からの追悼の声を詳しくまとめます。
モデル・オノさんの死因と公表内容
2026年10月21日夜、『パチンコ必勝ガイド』編集部公式X(旧Twitter)より、パチンコライターとして長年第一線で活躍されたモデル・オノさんが、2026年10月19日に逝去されたことが発表されました。
死因は「がん」とされています。
今回の公式発表において公表されている情報と、公表されていない(プライバシーに配慮された)情報を整理すると以下の通りです。
| 公表状況と詳細 | |
| 逝去日 | 2026年10月19日 |
| 死因 | がん |
| 公式発表日 | 2026年10月21日夜(編集部公式Xにて) |
| 本名・年齢(享年) | 非公表 |
| 通夜・葬儀日程 | 非公表 |
| 直前の誌面状況 | 10月号(9月発売)まで連載掲載/11月号(10月7日発売)にて休載 |
体調面に関しては、亡くなられる直前まで執筆意欲を持ち続けられていたことが窺えます。
2026年9月7日発売の同誌10月号までは、長年の看板連載である「白鯨日記」が平常通り掲載されていました。
しかし、翌月10月7日発売の11月号目次欄において、「執筆者体調不良のため休載」との案内がなされたばかりでした。
体調の急変、あるいは過酷な闘病生活の中でもギリギリまで現場に立ち続けていた証であり、ファンにとってもあまりにも突然の訃報となりました。
本名や年齢、通夜・葬儀などの未公表情報については、故人とご遺族の意向を尊重し、穏やかな見送りを温かく見守ることが望まれます。
1994年から30年余り――パチンコライターとしての歩みと活動
モデル・オノさんが『パチンコ必勝ガイド』に登場したのは1994年のことです。
以来、30年余りという途方もない年月をパチンコライターとして駆け抜け、業界の発展とともに歩んできました。
| 活動内容・功績 | |
| 1994年 | 『パチンコ必勝ガイド』誌面にてライターデビュー |
| 1990年代〜2020年代 | 看板連載コラム「白鯨日記」を長年執筆。 新台解説や実戦記事で絶大な人気を獲得 |
| 2026年9月 | 『パチンコ必勝ガイド』10月号まで連載を掲載。 32年間にわたる「生涯現役」を全う |
モデル・オノさんの代名詞とも言えるのが、誌面で長年にわたって連載されたコラム「白鯨日記」です。
鋭い分析眼で新台の特徴や打ち方、実戦の臨場感を伝えるプロフェッショナルな姿勢はもちろんのこと、語り口の温かさや親しみやすさで多くの読者をつかんで離しませんでした。
パチンコ業界がCR機からP機、スマートパチンコ(スマパチ)へと時代とともに大きな変化を遂げる中でも、モデル・オノさんの軸がぶれることはありませんでした。
常に現場に足を運び、ファンと同じ目線でパチンコを愛し続けた姿勢は、「パチンコライター」という職業の存在感を高めた立役者の一人と言えます。
亡くなる直前の2026年9月発売号までペンを握り続けたその姿は、文字通り「生涯現役」を貫いた名ライターとしての誇りに満ちていました。
亡くなる8日前のX投稿「皆に幸あれ!」に残されたメッセージ
モデル・オノさんは、息を引き取られるわずか8日前の2026年10月11日、自身の公式X(旧Twitter)にひとつのメッセージを投稿されていました。
その内容は、自身のライター人生を振り返りつつ、関わった全ての人々への心からの感謝を伝えるものでした。
| 投稿内の対象 | 残されたメッセージ・エピソードの要約 |
| 大崎一万発 氏 | 業界に入る際に反対意見を言いつつも導いてくれたことへの深い感謝 |
| 関係者・友人(成澤さん、コイケさん) | これまでの活動を支えてくれたことへの感謝 |
| 福井君 | 「もっと飲みたかった!」という心残りと友情の言葉 |
| すべてのファン・業界関係者 | 「みんな ありがと!言葉にすると軽過ぎて。皆に幸あれ!」 |
投稿では、この世界に飛び込むきっかけとなり、時には厳しい意見をもらいながらも自分を導いてくれた大崎一万発氏への感謝が綴られていました。
また、長年ともに歩んできた関係者や友人たちの名前を具体的に挙げ、「もっと飲みたかった!」とプライベートでの人間味あふれる未練を覗かせる場面もありました。
そして、締めくくられたのが次の言葉です。
「みんな ありがと!言葉にすると軽過ぎて。皆に幸あれ!」
自身の命の限界を感じ取りながらも、周りへの感謝と「皆の幸せ」を願う言葉を残したモデル・オノさん。
哀愁と温もりに満ちたこの最後のメッセージは、ファンや関係者の胸に深く刻まれることとなりました。
編集部やライター仲間からの追悼の声
突然の訃報を受け、長年所属した編集部や、ともに誌面や番組を作り上げてきたライター仲間からは、哀悼と感謝の声が相次いで寄せられています。
編集部からのコメント
『パチンコ必勝ガイド』編集部は、公式Xを通じて次のように故人を偲びました。
「長年にわたり本誌を支え、読者の皆さまに親しまれてきたオノさんに編集部一同、心より感謝申し上げます」
30年以上にわたり誌面の顔として貢献し続けてくれたことへの最大の敬意と、深い哀悼の意が込められています。
ライター仲間・湯川舞さんの追悼
同誌でともに活躍するパチンコライターでタレントの湯川舞さんも、自身のXで悲しみの胸中を告白されています。最近の交流を振り返りながら、次のようなエピソードを明かしました。
「少し前に会った時はまだ元気だった」
「飲みに行くと止まらなくなるオノさん。また収録で会える気がして、でももういないと思うととても悲しいです」
お酒が好きで、一度飲み始めると熱く語り合い止まらなくなるという、気さくで愛すべき人柄が浮かび上がります。
「またすぐに現場で会えるはず」という当たり前の日常が失われた寂しさは、共演者にとっても計り知れない大きさです。
その他にも、SNS上では業界関係者や古くからの読者から「オノさんの記事でパチンコの楽しさを知った」「白鯨日記が毎月の楽しみだった」といった感謝と追悼の声が絶え間なく寄せられています。
まとめ
1994年のデビューから30年余り。『パチンコ必勝ガイド』の看板ライターとして、卓越した取材力と親しみやすい人柄で業界を照らし続けたモデル・オノさん。
病魔と闘いながらも亡くなる直前まで誌面で言葉を届け、最後のX投稿で「皆に幸あれ!」と周囲の幸せを祈り続けた生き様は、まさにプロフェッショナルそのものでした。
彼が遺した数々の記事やあたたかな言葉は、これからも多くのファンの心の中で生き続けることでしょう。
モデル・オノさんの長年の功績に心からの敬意を表するとともに、謹んでご冥福をお祈りいたします。



