2026年8月6日の広島平和記念式典において、高市早苗首相が述べた「非核三原則を堅持しており」という一言が大きな波紋を広げています。
従来の「これからも堅持する」という未来形ではなく、「現在形」に留められた背景には一体どのような意図があるのでしょうか。
この記事では、
- 「堅持しており」という言葉の真意非核三原則が抱える安全保障上の課題(特定海域の問題)
- 核共有(ニュークリア・シェアリング)議論の背景
- そして被爆地や国民の反応
について分かりやすく解説します。
「堅持しており」に込められた含み
2026年8月6日、被爆から81年を迎えた広島平和記念式典で、高市早苗首相は「我が国は、『非核三原則』を堅持しており」と挨拶しました。
一見すると従来の平和宣言と変わらないように思えますが、政治アナリストやSNS上では、その「言い回し」に強い注目が集まりました。
歴代の首相は式典のスピーチにおいて、「今後も堅持する」「これからも堅持する」といった将来に向けた不変の決意を表明するのが通例でした。
しかし、高市首相が口にしたのは「堅持しており」という現在の状況を示す表現(現在形)です。
このわずかな言葉の違いは、単なる言い間違いではなく、緻密に計算された表現であると分析されています。
| 従来の歴代首相の表明 | 高市首相の式典での表明 | |
| 表現形式 | 「今後も堅持する」 「これからも堅持する」 | 「堅持しており」(現在形) |
| 時間軸の扱い | 将来にわたる不変の原則として宣言 | 現在の状態の説明に留め、将来の選択肢を残す |
| 国会答弁との関係 | 将来的にも維持することを明確に答弁 | 「将来にわたって」との明確な限定を回避 |
| 主な受け止め | 平和への継続的意志の提示 | 将来的な見直しの「逃げ道」を作ったとの批判 |
野党からの質疑に対しても、国会答弁で「将来にわたって」という明言を避けている姿勢と今回の式典スピーチは一致しています。
「現在は堅持している」という事実を述べつつも、将来における安全保障環境の変化に応じた選択の余地を残すという、政治的意図が透けて見えます。
議論を拒まない「現実的」な安全保障
高市首相が将来の縛りを避ける背景には、日本を取り巻く国際情勢の急速な悪化があります。
ロシアによるウクライナ侵攻、中国の核戦力強化、北朝鮮による度重なるミサイル発射など、近隣諸国による核の脅威が現実味を帯びているためです。
そうした中、高市政権が視野に入れているのが「核共有(ニュークリア・シェアリング)」をめぐる議論の解禁です。
核共有とは、主にNATO(北大西洋条約機構)で採用されている安全保障の仕組みです。
| NATO型「核共有」の概要と実態 | |
| 配備と保管 | 米国の戦術核兵器(B61など)を非核保有国(ドイツ、イタリア等)の国内に配備 |
| 使用権限 | 発射権限や最終決定権は米国が保持(米国の許可なく使用不可) |
| 運搬体制 | 有事の際には配備先の同盟国が保有する航空機で運搬・投下を実施 |
| 国際法上の解釈 | 自国独自の核保有ではないため、NPT(核拡散防止条約)違反ではないとされる |
日本においては、2010年の民主党政権時代に岡田克也外相(当時)が「平時には非核三原則を堅持するが、国民の命を守るための極限状況においては核の一時的持ち込みを排除しない」と答弁しています。
高市政権はこの答弁を継承しつつ、非核三原則のうち「持ち込ませず」の原則について自民党内での議論を求めています。
有事の際に抑止力を機能させるため、最初から「持ち込み不可」と将来を縛るのではなく、議論の選択肢を確保しておくことが「現実的な安全保障」であるという考え方が根底にあります。
「非核三原則」が生んだ安全保障の穴
そもそも「非核三原則」とは、1967年に佐藤栄作首相が表明した
「持たず、作らず、持ち込ませず」という日本の国是です。
しかし、この原則には制度的・現実的な「構造的課題」が存在しています。
| 法的拘束力の有無 | 根拠法令・実態 | 抱える課題・歪み | |
| 持たず | あり | 原子力基本法、NPT | 国内法・国際条約により厳格に禁止 |
| 作らず | あり | 原子力基本法、NPT | 国内法・国際条約により厳格に禁止 |
| 持ち込ませず | なし | 国会決議(国是) | 冷戦期の寄港密約や 「特定海域」の設定による形骸化 |
非核三原則は国会決議に基づく方針であり、法律としての法的拘束力はありません。
そのため、「持たず・作らず」は法律で禁じられていますが、「持ち込ませず」は政策上の運用に委ねられています。
特に象徴的なのが「特定海域」の問題です。
日本政府は「持ち込ませず」の建前を守るため、宗谷海峡や津軽海峡など5つの主要海峡において、領海幅を通常の12海里ではなくあえて「3海里」に制限しています。
これにより、核兵器を搭載した米軍艦が日本の領海に入らずに通過できる「公海」領域を意図的に残したのです。
しかし、この措置によって生まれた公海部分は、現在では中国やロシアの軍艦も自由に通過できるようになっており、日本の防衛における「セキュリティ・ホール(安全保障の穴)」になっているという皮肉な現実を生み出しています。
被爆地からの厳しい視線と国民の反応
高市首相の「現在形」によるスピーチに対し、被爆地・広島や長崎の被爆者団体、平和団体からは厳しい批判の声が相次ぎました。
「『これからも』を抜いたのは将来的な核持ち込みへの逃げ道だ」
「その場しのぎのパフォーマンスに過ぎない」
といった不信感が示されています。
また、核兵器禁止条約(TPNW)への参加に触れなかった点についても批判が集まっています。
一方で、国民や安全保障の専門家の間では、評価が大きく分かれています。
| 主な主張と評価 | |
| 被爆地・批判派 | ・歴代首相の表現を踏襲せず、将来の非核維持を曖昧にした ・核兵器禁止条約(TPNW)への姿勢を示さず、平和への決意が不十分 ・「持ち込ませず」の見直し議論は核軍拡を助長する恐れがある |
| 現実派・支持派 | ・ウクライナ侵攻やウクライナ・フィンランドの動向を踏まえた現実的対応 ・平時と有事を区別し、国民の生命を守るための選択肢を残すのは当然 ・言葉尻をとらえた批判よりも、実際の核抑止力の強化を議論すべき |
長年非同盟を貫いてきたフィンランドがNATOに加盟し、必要に応じた核の持ち込みを可能にするなど、世界の安全保障環境は激変しています。
日本国内でも「理想の追求」と「抑止力の確保」の狭間で、議論が拮抗している状況です。
結論:言葉の裏に隠されたリアリズム
高市首相が広島の地で放った「堅持しており」という一言は、単なる言葉選びの綾ではありません。
そこには、半世紀以上にわたって日本の「国是」とされてきた非核三原則に対し、理念だけでは国を守れないという「強烈な政治的リアリズム」が込められています。
非核三原則を「現在の状態」として客観的に表現することで、過去の国是を尊重しつつも、将来の極限状況においては「持ち込ませず」の撤廃や核共有の検討を排除しない構えを示したと言えます。
「核のない世界」という理想を掲げつつも、目前に迫る核の脅威からいかに国民の命を守るのか。
高市首相の「現在形」のスピーチは、日本が長年避けてきた「核抑止のリアルな議論」を直視するよう、国民全体に問いかけているのかもしれません。
今後の防衛政策や国会論戦において、この発言を端緒とした安全保障議論の行方が注目されます。



