温かみのある低音ボイスと独特の「脱力系」キャラクターで親しまれた俳優・ナレーターの森本レオさんが、2026年9月4日に83歳で亡くなられていたことが分かりました。

所属事務所が9月11日に発表した突然の訃報に、日本中から悼む声が寄せられています。
今回は、森本レオさんの死因や晩年の経過をはじめ、妻や子供(長男・長女)との家族関係、これまでの華やかな経歴や生前の名作エピソードについて詳しく解説します。
死因と葬儀・晩年の経過
2026年9月11日、所属事務所(ウータニア)により、森本レオ(本名・森本治行)さんが同年9月4日に息を引き取られたことが発表されました。
突然の悲報に対し、ファンや芸能界関係者から深い哀悼の意が表されています。
森本レオさんの最期の様子や葬儀、過去の病歴などの経過について、以下の表にまとめました。
| 詳細・内容 | |
| 死去日 | 2026年9月4日(享年83) |
| 事務所発表日 | 2026年9月11日 |
| 死因 | 原因不明の突然死(苦しむ様子はなく、非常におだやかな表情だったとのこと) |
| 葬儀・告別式 | 故人および遺族の意向により、家族(近親者)のみで挙行 |
| 供花・香典・お別れの会 | 弔問、香典、供花などは辞退。お別れの会等の実施予定もなし |
| 過去の病歴 | 2010年2月に心筋梗塞で緊急搬送・入院(迅速な処置で回復し、退院後は減塩生活を徹底) |
死因は「原因不明の突然死」とされていますが、最期は苦しむこともなく非常に穏やかなお顔で旅立たれたとのことです。
2010年には心筋梗塞で倒れ一時は心配されましたが、見事回復を果たし、食生活に気を配りながら晩年を過ごされていました。
遺族の意向を尊重し、静かに見送られた森本さん。長年にわたる芸能活動に敬意を表し、静かにご冥福をお祈りいたします。
妻・家族・子供(長男・長女)について
森本レオさんは、独自のライフスタイルや独特の距離感を持つ家族関係でも知られていました。
私生活では元女優の奥様と結婚し、二人の子宝に恵まれています。
森本さんのご家族(妻・長男・長女)のプロフィールや生活スタイルは以下の通りです。
| 氏名・詳細 | エピソード・関係性 | |
| 妻(配偶者) | 森 和代(もり・かずよ)さん | 元女優。 1971年5月10日、石川県金沢市の広坂カトリック教会にて挙式。 |
| 長男(第一子) | 森本 類(るい)さん | 1971年10月20日生まれ。 |
| 長女(第二子) | 森本 絵瑠(える)さん | 1973年生まれ。 |
| 居住スタイル | 別居・単身生活 | 妻は名古屋に居住。 森本さんは東京・高円寺のマンションで一人暮らし。 |
森本さんと奥様は1971年に結婚されましたが、約50年という長期間にわたり「別居状態」を続けていました。
別居というと不仲を想像されがちですが、お互いの価値観や適度な距離感を尊重した上での選択であり、森本さんは東京・高円寺で自由気ままな単身生活を楽しんでいたと言われています。
お互いを縛り付けない、自立した夫婦のあり方は、森本さんらしい自然体な生き方を象徴するものでした。
経歴と生前の主な活動
愛知県出身の森本レオさんは、愛知県立松蔭高等学校を経て日本大学芸術学部放送学科へと進学しました。
当初はコピーライターを目指していましたが、お父様の病気などを理由に地元・名古屋へ戻り、そこから芸能界への一歩を踏み出します。
彼のデビューからブレイク、芸名の由来などを時系列でまとめました。
| 出来事 | 詳細・エピソード | |
| 1967年 | 俳優デビュー | NHK名古屋制作のドラマ『高校生時代』に出演。 |
| 1968年 | 『ミッドナイト東海』でブレイク | 東海ラジオの深夜番組パーソナリティに起用され、一躍人気者に。 |
| 芸名の由来 | 「羚夫(レオ)」の誕生 | 深夜ラジオで一人称「オレ」を使いたかったが許されず、「森本オレ」と交渉した結果、逆さにして「レオ」と名付けた。 |
| 1972年 | 再上京 | 東京へ拠点を移し、本格的に俳優・ナレーター活動を開始。 |
俳優・ナレーターとしての代表的な出演作や実績は以下の通りです。
| 代表作・番組名 | 役割・実績 | |
| 主演ドラマ | 『黄色い涙』(1974年) | 青年役を熱演し、俳優としての評価を確立。 |
| 話題のテレビドラマ | 『愛という名のもとに』『王様のレストラン』 『ロングバケーション』『ショムニ』 『あぐり』『花へんろ』『PS -羅生門-』 | 存在感のある名バイプレイヤーとして数々の大ヒット作に出演。 |
| 主な出演映画 | 『花心中』『オレンジロード急行』 『もう頬づえはつかない』『キッズ・リターン』 | ひょうひょうとした演技で映画界でも活躍。 |
| 声優・ナレーション | 『きかんしゃトーマス』(第1〜8シリーズ) | 1990年〜2006年までナレーションを担当。世代を超えて愛される。 |
| バラエティ・CM | 『クイズプレゼンバラエティーQさま!!』 創味食品「だしまろ酢」CM | 出題ナレーションや、明石家さんまさんの声を吹き替える独特のCMで話題を集める。 |
森本レオさんの最大の特徴は、低音の中に含まれる「1/fゆらぎ」と呼ばれる心地よい声質でした。
ドラマだけでなく『きかんしゃトーマス』の穏やかな語り口は、今なお多くの子供たちやかつて子供だった大人たちの心に深く刻まれています。
まとめ:愛された人物像とエピソード
森本レオさんは、その飾らないお人柄から芸能界における「脱力系」の第一人者として親しまれました。
独特のテンポとユーモアあふれるトークは、共演者や視聴者を常に和ませてくれました。
彼の人柄を表す有名なエピソードとしては、お笑いトリオ・ダチョウ倶楽部の肥後克広さんとの関係が挙げられます。
肥後さんが森本さんのモノマネを得意としていたことから意気投合し、東京ガスの「ガスファンヒーター」のCMでは二人で共演。「まるで本当の兄弟のようだ」と大きな話題を呼びました。
また、意外な一面として芸能界屈指の「将棋の名手」でもありました。
親交の深かった気象予報士の森田正光さんも「芸能界で最も強い」と太鼓判を押すほどで、その知性と洞察力の深さが伺えます。
温かい声と独自の存在感で、日本のテレビ・ラジオ界に多大な貢献を果たした森本レオさん。
彼が残した数々の名作や心地よい声は、これからも私たちの記憶の中で生き続けることでしょう。
心よりご冥福をお祈り申し上げます。



の-wiki経歴・年齢・家族構成から脳内出血で休養までを解説-1.png)